「勉強しなさい」
親からそう言われると、急にやる気がなくなる。
さっきまで「そろそろ勉強しようかな」と思っていたのに、その一言を聞いた瞬間、「今やろうと思ってたのに」「うるさいな」「もうやりたくない」と感じてしまう。
これは、決して珍しいことではない。
勉強しなければいけないことは、自分でもわかっている。
テストが近いことも、成績を上げなければならないことも、受験があることもわかっている。
それなのに「勉強しなさい」と言われると、なぜか素直に勉強できなくなる。
では、なぜなのだろうか。
「勉強しなさい」と言われると嫌になる理由
自分で決めたい気持ちがあるから
人間には、「自分のことは自分で決めたい」という気持ちがある。
これは子どもだけではない。
大人でも、「これをやりなさい」「今すぐやりなさい」と命令されると、急にやる気がなくなることがある。
自分ではやろうと思っていたとしても、誰かに命令された瞬間に、「やらされている」という感覚が生まれる。
勉強も同じだ。
「今日は英語をやろう」と自分で決めた場合と、「英語を勉強しなさい」と言われた場合では、同じ勉強でも気持ちが違う。
前者は自分で選んだ行動。
後者は誰かに決められた行動。
この違いは意外と大きい。
だから「勉強しなさい」と言われることが嫌なのは、勉強そのものが嫌というより、自分の行動を他人に決められることが嫌なのかもしれない。
すでに「やらなければ」と思っているから
「勉強しなさい」と言われる側にも、もちろん事情がある。
本人だって、勉強しなければいけないことくらいわかっている。
テストが近ければ、「そろそろやらないとな」と考えているかもしれない。
受験生なら、「このままではまずい」と感じていることもある。
そこへ親から、
「勉強しなさい」
と言われる。
すると、「わかってるよ」と言いたくなる。
これは、勉強する気がないからではない。
むしろ、自分でもわかっていることを何度も言われることに疲れている場合がある。
「わかっているけど、今からやろうとしていた」
という気持ちがあるのだ。
だから、親から見ると「何もしていない」に見えても、本人の頭の中ではすでに勉強について考えていることもある。
勉強が「怒られるもの」になってしまうから
「勉強しなさい」
と言われ続けると、勉強そのものに嫌なイメージがついてしまうことがある。
勉強をしない。
親に注意される。
嫌な気持ちになる。
さらに勉強したくなくなる。
そしてまた注意される。
この繰り返しになる。
本来、勉強は「知らなかったことを知る」「できなかった問題ができるようになる」という前向きな活動でもある。
しかし、毎回怒られたり注意されたりすることで、勉強が「怒られる原因」になってしまう。
そうなると、机を見るだけで嫌な気持ちになることもある。
できない自分を責められているように感じるから
「勉強しなさい」と言われたとき、
「自分は勉強していない」
「自分は努力していない」
「自分はダメだ」
と言われているように感じる人もいる。
特に、成績が思うように上がらないときは、その言葉が強く刺さる。
本人も「もっとやらなければ」と思っている。
でも、なかなか行動できない。
そこへ「勉強しなさい」と言われる。
すると、できていない自分を責められているように感じてしまう。
そして自信を失ってしまう。
勉強は、ある程度の自信がないと続けるのが難しい。
「どうせやってもできない」と思ってしまえば、机に向かうこと自体が苦痛になってしまう。
「勉強しなさい」より効果的な声かけとは
では、勉強してほしいとき、何と言えばいいのだろうか。
「今日は何をやる?」と聞いてみる
「勉強しなさい」と命令する代わりに、
「今日は何やる予定?」
と聞いてみる。
これだけでも印象はかなり変わる。
自分で決める余地が生まれるからだ。
「数学やる」
と答えたなら、
「じゃあ頑張ってね」
くらいでいい。
勉強することを本人に決めてもらう。
自分で決めたことなら、行動にも移しやすくなる。
「何かわからないところある?」と聞く
勉強していないように見えても、実は「何をやればいいかわからない」という可能性もある。
特に受験勉強では、やるべきことが多すぎて混乱することがある。
英語なのか数学なのか。
学校のワークなのか問題集なのか。
苦手なところをやるのか、得意なところを伸ばすのか。
何から手をつければいいのかわからない。
そんな状態なら、「勉強しなさい」と言われても動きにくい。
「どこがわからない?」
「一緒にやる?」
と聞いてあげるほうが、ずっと助けになる。
努力そのものを見る
テストの点数だけを見るのではなく、勉強した行動も見てあげる。
10問やった。
昨日より長く机に向かった。
苦手な数学を頑張った。
間違えた問題を解き直した。
こうした小さな努力を認めることも大切だ。
もちろん、点数を上げることは大切だ。
しかし、点数だけを見ていると、「結果が出なければ努力しても意味がない」という考えになってしまう。
勉強はすぐに結果が出るとは限らない。
だからこそ、途中の努力も大切にしたい。
「勉強しなさい」と言われなくても勉強できるようになるには
最終的には、誰かに言われなくても自分で勉強できる状態を作ることが理想だ。
そのためには、いきなり何時間も勉強する必要はない。
まずは小さな習慣を作る。
例えば、
「夕食の前に英単語を10個覚える」
「学校から帰ったら数学を2問解く」
「寝る前に今日の復習を10分する」
などだ。
毎日同じタイミングで同じことをする。
すると、「勉強しなさい」と言われなくても動きやすくなる。
重要なのは、最初から完璧な勉強習慣を作ろうとしないこと。
10分でもいい。
一問でもいい。
自分で始める経験を積み重ねることが大切だ。
親も子どもも、実は同じ方向を向いている
「勉強しなさい」と言う親にも理由がある。
成績が心配だから。
高校受験が心配だから。
将来困ってほしくないから。
できるだけ良い道を歩いてほしいから。
つまり、親も子どもに悪意があって言っているわけではない。
一方で、言われる側にも、
「自分でもわかっている」
「自分なりに頑張っている」
という気持ちがある。
つまり、親も子どもも、本当は同じ方向を向いていることが多い。
ただ、その伝え方がうまくいっていないだけなのかもしれない。
親は心配だから言う。
子どもは干渉されたくないから反発する。
親はさらに心配になる。
そして、また「勉強しなさい」と言ってしまう。
この繰り返しを止めるためには、命令することよりも、話をすることが大切だ。
「最近、勉強どう?」
「困っていることある?」
「何からやればいいかわかる?」
そんな会話から始めてもいい。
勉強は自分のためにするもの
最後に覚えておきたいのは、勉強は親のためにするものではないということだ。
先生のためでもない。
親に怒られないためだけでもない。
最終的には、自分自身のためにするものだ。
今は、その意味がわからないかもしれない。
「こんな勉強をして何になるんだろう」と思うこともある。
それでも、勉強して身につけた知識や、わからないことに向き合う力、最後までやり抜いた経験は、いつか自分を助けることがある。
だから、「勉強しなさい」と言われたから勉強するのではなく、
「自分の未来のために、今日は少しやってみよう」
くらいの気持ちでいい。
10分でもいい。
一問でもいい。
自分で決めて机に向かう。
その小さな一歩が、誰かに言われなくても動ける自分を作っていく。
「勉強しなさい」と言われるのが嫌なのは、勉強が嫌いだからとは限らない。
自分で決めたい。
認めてほしい。
失敗したくない。
どうすればいいかわからない。
そんな気持ちが隠れているのかもしれない。
だから、勉強できない自分を責めすぎなくていい。
親も、子どもも、まずは一度立ち止まってみよう。
そして「勉強しなさい」の一言を、
「何か困っていることある?」
に変えてみる。
その一言が、勉強への向き合い方を変えるきっかけになるかもしれない。